きのう帯広で泊原発廃炉の会十勝連絡会の集まりがあり、
3月1日の教会でのライブのPRを兼ねて参加してきた。

署名運動を熱心にされている人達が企画した会員同士のお楽しみ会のような集い。
しかも会場は調理室(笑)
そばを有志が手打ちして出来立てを皆でおいしく頂きその後トークセッションを行うというもの。

会食が終わり冒頭に歌いそのあとに始まったトークセッションが忘れられない。

なかでも事故を起こした原発から近い福島県の田村市から帯広に家族で避難してきた方のトークは
生々しく悲痛でみんな静かに耳を傾けた。(田村市は事故原発から西に約40km)

その50才位の男性は自らの果樹園を始めるという夢を描くべく
土地探しの旅で一番気に入った田村市に何千坪もの土地を購入。

はじめは移住に反対していた両親もやがて一緒に住むようになり、
さらに伴侶も得て子どもも生まれて生活を楽しんでいた矢先、
3・11の原発事故が起き、すべてを放射能に汚染されて
子どもの健康を考え避難を余儀なくされた今までの経緯を話してくれた。

そして自分が原発事故は起こらないと考えていたことを悔い、
そもそも自分が始めにした決断が
結果的に家族全員を苦しめる結果になったと
つい自分を責めてしまうのだと涙ながらに胸中を語ってくれた。

さらに子どもの1人に甲状腺の異常が見つかったことも大きく影を落としているようだった。

時々涙で声にならず話が途切れてしまう。

「そんなに自分を責めないで!」と心の中で叫んでいたとそれを聞いていた女性が
のちにメールに綴ったが、きっと誰もが同じように感じていたと思う。

その方が思いを心のままに話してくれたおかげで、
自分がなぜこの集まりに来るようになったのかをはっきりと自覚することができた。

そして他者の痛みに思いを寄せることで初めて何かが動き出すのではないかということ。
それはかつて原子力が夢のエネルギーだと信じて原子炉の専門家となった京大原子炉実験所の
小出助教が反対の立場に変わったきっかけが原発が弱者の犠牲のもとに成り立つシステムであることが
わかったことだと述べていた事に似ていると思った。

いろんなことを考えさせられた今回の集い、行って良かった。



「ベラルーシの月」と浜岡原発再稼働申請に抗議の思いをこめて「のうのうのう」の2曲。
高倉さん写真ありがとうございます。ギター(だけ)がかっこ良く撮れているので思い切って載せちゃいます(笑)