お別れの日、新月灯花の4人とウーファーのエリックとパチり。



2011年の空想の森映画祭では原発関連の特集が組まれていた。
音楽では久しぶりのあがた森魚さんがライブがあり以前共に道内ライブツアーを
したこともあり「赤色エレジー」「いとしの第六惑星」でマンドリンで参加させてもらった。
その時あがたさんが連れて来たベース弾きが新月灯花の山崎優子ちゃんだった。
ピアノの川本真理ちゃんとボクとで非公式のミニライブをしていたら優子ちゃんが
聴いていてくれて「何か歌ってよ」とリクエストしたらギター1本で歌ってくれたのが
まだ出来て間もない「透明な闇」という曲だった。
東電原発事故のあとのことをテーマにした歌で「生きてかなきゃなんない」のフレーズが
若者の叫びとして強く胸に迫って来た。
優子ちゃんは雑談の中で福島も行ったしここに来る前に泊にも行ったと話していた。
全部の原発をこの目で見て体で感じたいからと・・。

さて、新月灯花というバンドを池袋あたりを拠点にやっているとのことで
連れがCDを買ったのをあとで聴いてみて驚いた。
日本にもこんなバンドがいたなんて!
しっかりした歌詞でしかもピンクフロイドのデイブギルモアのような
スライドギターの音色、コーラスの美しさ、テンポの良さ etc~。
ラジオから流れる甘いだけのJpopにうんざりしていた私は何度聴いたかわからない。

そんな彼女達が映画祭にフルバンドで来てしかも映画祭は予算がないので宿泊はうちにと
事務局からお願いされた。それならとスタジオにしている古い家を少しでも快適に
過ごしてもらうことを目標に春から改装を進めてきたのだった。

そして彼女達のライブはやはり素晴らしかった。
4人がそれぞれボーカルをとりコーラスはCSN&Yのよう。
ロックでありアレンジは必ずひとひねりありドラマチックなプログレっぽいのもある。
軽快なウキウキするものもあり変幻自在、ベタなものはひとつもない。
山崎優子の生きているベース、カッコいいロックななかのちゃんとみっちゃんのツインギター、
とてもいい表情でバンドを支えるパーカッションのキャス。

歌詞は沖縄戦のこと原爆のこと原発のこと巨大な経済と権力の中でのあがきなど
社会的な不条理を歌うものが多くロックの本来のパワーを感じさせるものだった。

「わたしたちは無力だと思うんです。音楽はしょせんエンターテイメントにしか過ぎない。」
などと言うと客席からは「そんなことはないよ。あなた達の音楽は何かを変えるよ!」
と声が飛ぶ。
素晴らしい演奏の合間に観客と会話したりリラックスした楽しい時間。
そんな中、彼女達は福島のことは事故が起きるまで原発に無関心だったわたしたちの責任だと思うと言った。
わたしたちは加害者、だから事故後福島に行き放射能をいっぱい浴びようと思ったと。
彼女達は震災直後から支援物資を福島に運んで今でも1ヶ月に一度は福島に通っているのだという。
山崎優子の「透明な闇」はそんな中で友達になった福島の1人の少女のきれいな黒髪を見て出来たのだそうだ。

新月灯花のメンバーの年齢はぴったりと私たちの子どもと重なる。
まわりの同世代は原発のことも選挙のことも無関心な人が多いという。
伝わらないもどかしさ。

映画祭では4日間滞在しとにかく映画はヒロシマのものから原発のものまでできるだけ観て行った。
あこがれの小出助教の講演も聞き、なんと彼女達の歌「打ち砕いて」に小出さんもいっしょに歌って参加したという。

自分たちの生きる世界に大きく目を見開いている真摯な精神がそこにあった。
そしてロックが音楽産業の商品となる以前には持っていた批判する精神を持っている希有なバンドでもある。
「フジロックとかライジングサンに出ればいいのに。」とボク。
すると「向こうから言ってくるまではあえてこちらからは言わないの。」と彼女達。
彼女達がメジャーになることはないのかもしれない。
それでも彼女達のやりたいことは自分たちのやりたい表現を続けて行くことだけ。
死ぬまで福島には通い続けると言っていた。
願わくばこれだけの価値のあるバンドが世に認められてほしい。
いや、こんな素敵でカッコいい女の子達が体を張って次の世代を守ろうとしていることにも
少しでも多くの人に気がついてもらいたいと願うのだ。

「新月は(ほとんど)見えない、けどある。
見えない時は灯火となり花となりあなたを照らしたい。」
そんな意味にも聞こえてくる新月灯花。
彼女達は守るべきもののために今も闘っている。