今宵はささやかなG(義父95才)の全快祝いで焼き肉屋へ。

Gは肺炎を起こして10日ほど入院していたのだった。
行くたびに病院のベッドで血の気の失せた白っぽい顔で眠っていたので
あれ?死んだのだろうかと不安がよぎるのだが、
指でつっつくといつも起きてくれ安堵する、そんな10日間だった。
その後、体温・白血球・血圧も平常となり晴れてきのう退院となった。
感謝である。

Gは肉食系老人で肉が好きなので、
退院したらあの焼き肉屋へ連れて行くと
入院した時に希望を持たせるために約束したのだが、
たぶんそれを励みに肺炎を克服したのだと思われる。

それともう一つ、必ず治って帰ってこなければならない理由があった。
我が家で唯一Gにだけしか気を許さないポンタというヒマラヤン系の
毛のフサフサの猫を私たちがGの部屋から外に出した。
いつもポンタはGに囲われているようなものなので今のうちにと軽い気持ちで放ったのだった。
ところがいつまでたっても帰ってこない。
外はマイナスどころか猛吹雪でも帰ってこない。
あとで小屋と地面のすき間に穴居生活をしていたのを足跡をたどって発見したが
私が呼んでももちろん来ない。
Gが帰らない限り穴居生活を断固続けるつもりなのだ。
病院のGの最大の心配事はこのポンタが帰らないということだったのだから
治らなければならない理由は焼き肉と、このポンタのことだったのだ。
その強い動機の前には病気も退散するのか、きのう退院となったのである。

さて、退院してから愛し合ってる二人(Gとポンタ)を対面させようと
抱きかかえるようにGをその穴蔵の前に連れて行き懐中電灯で照らして確認してもらった。
それでも愛慕の声で呼ぶGにニャアと一度鳴いたきり出てこない。
しかたなく部屋に帰ってからもGは窓をあけて何度も名を呼び口笛で呼ぶのだが
さっぱり来ない。
困ったものだが腹の底から声を出し口笛を吹く、これはリハビリに良いだろうと内心ニヤリとする。
空しく声は木々に反射するだけなのだけれど・・・。

今日は別のかかりつけの医院へ行ったのだが、
その道すがら、せわしいからどうかなと思ったものの、
「今日、全快祝いで焼き肉屋に行く?」と尋ねると
「行くっ」と即答。
その間髪のおかなさに「あっぱれ、すごい!」と思ったのだが、
「お金は俺が払うから今日は食べ放題だ」とさらにやる気満々なのだった。

そして焼き肉屋。
忘年会シーズンでもあり次々に客が入って来る。
カルビにロースにタンシオ、その前に飲み物ということで
Gと連れはジョッキ生ビール、私はジンジャーエールで
「全快おめでとう!」と乾杯。
この時チラとジョッキなんかGには多過ぎないかなとかすめたのだが、
まあ今日ぐらいいいだろうと甘く考えたのがいけなかった。

ふと見るとGのジョッキは4分の3も空いていて、
カルビの乗ったライスを持ったまま薄目を開けて宙を見ているではないか!
尋常ではない様子にすぐさま駆け寄り問いかけるが意識はもうろう。
書き入れ時のお店の人にお願いして救急車を呼んでもらった。
ここで死んでもらっては困る!
私が店の人だったらなおさら強く願うだろう。
祈るような気持ちだった。

搬送されたのはきのうまで入院していたクリニック。
「ああ、先生お休みの所ごめんなさい、」
CTスキャンをとってくれて、「異常ありません。ただ酔っぱらっているだけですね。」
そしてすっかり顔見知りになった看護士のおかしみを少し噛みころしたような笑顔に見送られて
我が家に無事帰り着いたのだった。

ふとんに寝かすと、「ここはどこだ?」と尋ねるので
「自分の部屋だよ。」それを何度か繰り返す。
このままボケてしまわないか不安がよぎる。
そして「猫、どこにいるんだろうか?可哀想になあ。。」
ああ、大丈夫そう。

そしてやがて、何事もなかったようにGは眠りについたのだった。
さあ、ポンタは明日は帰ってくるかな?
良い夢を・・・。

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