ひとつ何かが問題となると、
こぞってあきれたような反応をするわたし達。
それは身勝手なクレーマーとそう変わらない。
食べることを人に委ねたのである。
わからないのに信頼したということの、
起こり得る報いを受けているだけのことだと思う。

安い労働力というお金のカラクリに乗じて
外国をプランテーション化する日本企業を
支えているのはわたし達ではなかったか。

学校給食くらいは近場の食材で、
できるかぎり、有機農産物や無添加のものを
使ってほしい。
当然食材費は高くなるだろう。
だけれども、子供たちの体を作る食べ物だ。
また、どうしてそうこだわるのかを
子供たちに伝えれば立派な教育にもなり得るだろう。
食べ物がどうやってできるかを見せ
、また体験すれば命への感謝の気持ちも芽生えるだろう。
学校給食ひとつで実に多くのことを学べるだろう。

ある保育園ではすでにそれを始めている。
それはトップにいる人の誠実さでありロマンなのだと思う。
限られた予算の中でのやりくりは大変だろうが、
そういうところなら働く人達も誇りがもてるだろう。
大切に思われていることは敏感に子どもに伝わるだろう。

今はまだ少ないであろう。
けれど、国や道から言われたから仕方なく「食育」を
するのではなく本当に大切なこととして、
自ら工夫して伝えている人たちのことも知っている。

今回のギョウザ騒動がひとつの転機になり、
わたし達が食を、環境を、もう一度見直すきっかけに
なってくれたらと願っている。