おととしの12月に私の在籍していたバンドが熊本に招かれコンサートを行った。
企画の中心的役割を果たしたのは、元高校の先生と教え子たち。

教え子たちは被差別部落の出身だったが、
自身はそれと知ることができるほど
直接の差別は受けて来なかった。
しかし親の生活の不安定さなどから、間接的には影響があり、
いわば荒れる子供たちだった。

先生はその理由がわかっていたので
彼らと放課後を利用し人権について学習する時間をもち、
彼らに社会にいまだにある差別の実態を教え
生まれ育った地域の歴史を教え、自覚をさせていったのだ。
また、学校の成績の悪い生徒には個別に教え、
彼らは親身になって自分達の将来を案じてくれるそんな先生に
厚い信頼をおくようになった。
その作業は双方にとってどんなに大変なことだっただろう。
よほどの信頼関係を築かなければ無理なことである。

元生徒たちは私たちのコンサートの準備のために走り回り、
とても以前荒れていたとは思えないほど
さわやかで礼儀正しく、優しい若者たちだった。

自分達のことをちゃんと理解してくれる大人がたとえ一人でもいれば
子供たちは安心感をもつことができる。
社会に対する認識も
そうでない場合と比べ大きく変わるであろう。

卒業後も彼らと親身になって今でもつきあい続ける、
そんなS先生が
(今は退職されているが私達は尊敬の念をこめてこう呼ぶ)
単独で北海道の名だたる山を登るために来ていてた。
その目的を果たし、
昨日ビーワイルドで待ち合わせをして、久しぶりの再会を果たすことができた。
ちょうど仕事が休みで顔出し看板の製作に来ていたカミさん
といっしょに迎えることができた。
深刻な病気もほとんど完治され、とてもお元気なのがうれしかった。
しばし、木漏れ日のテラスでコーヒーを飲み談笑。

温泉に行き、夕食を囲み
彼らのその後や、熊本で聞けなかったことなど
たくさん話ができた。
キャンプ場で車中泊が多かったとのことで
夕べは久しぶりに我が家でぐっすり眠れたとのこと。

百名山を一通り登ったら、次は貧乏バックパッカーで外国旅行を
するつもりらしい。
出世よりも子供たちの心に寄り添うことを
選んできたS先生は今、理屈ぬきで
自分の人生を楽しむ真っ最中である。

先ほど青空のもと、元気に出発された。