農場日誌

ひろういの農に生き音楽を作る日々 Since 7th June 2007

November 2015

収穫が終わった!!

今年も小屋を直すことができなかった。
材料はそろっているのに時間がとれない。
シバレは冷酷にやってきて小屋の中の人参やいもの頬をなでていく。
毛布をかけたりストーブをつけたり忍者屋敷の
ようになった小屋の中を右往左往。

それでも今日はキャベツの全収穫を終え庭に置くことができた。
ないと思っていたら700個近くもあった。
山の方は真っ黒な雪雲。
強い寒気が入ったとかで強風の中での作業だった。

とりあえず今日が今年の収穫終えた日。
ここからシバレとの闘いがスタートする。
あと1ヶ月で脱力できる。

外はうっすら雪

前進後退を小刻みにくりかえしながら冬が深まってきます。
きのうは皆用事でひとり大口出荷の準備に追われました。
白菜をむくと現れる鮮やかで爽やかな白と緑、思わず口にして
シャキッという音とともに甘みが広がりました。
一人だと30袋を作るのも大変です。
指も慢性的に痛くなりアコーディオンも触れなくなっています。
こういう時は頭の中で次の新曲を考えます。
毎年冬の準備ができずに冬がやってきてしまいます。
さあ、今日は手伝いをお願いしているのでキャベツを取込みます。

人参抜き終了!

終わったのである。
ドロとの闘いが・・・(小説の始まり風に)

限界を走り続けているような実感の毎日、ようやく本日人参を全部とりこみました。
今晩から雪予報、そうなればまた悪夢のようなドロとの闘いが始まるところでした。
助けてくれた若者たち、そして今日いっしょに終わらせたHANAちゃんありがとう!

2日前に白菜と大根を全部庭先に運び終え畑に残るはキャベツのみです。

ドロとの闘い

ぬかるみに軽トラがハマらないよう気をつけながら
人参の収穫に猛ダッシュです。
雪が降ったあとのドロドロさったらなかった。
長靴に歩くたびに増えて行くドロは宇宙飛行士の月面歩行へと変える。
トラクターもハマる寸前で脱出、畑がふたたび湿る前に何とか終わらせたい
人参、白菜、大根。

パリでの悲しい事件に黙祷。

急いで大根抜き!

この4日ほどは小春日和で人参収穫などとてもやり易くて
助かった。しかし昼に見た天気予報では明日の朝の気温
がなんとマイナス6℃!
大根畑に走った。しばらく見ない間にだいぶ太くなっていた。
ヒグマに踏まれた大根もちゃんと育ち地上部は曲線を描いている。
「くまふまれ」大根、なんだか日本酒の名前みたいだ。
約700本抜いて庭先で取りあえずシートで覆う。
シバレとつき合う季節が始まった。

粛々と。

突然の地域の方の訃報に驚き、そして昨日まで2日間の葬儀の手伝いがあり
農作業を中断、ようやく今朝から人参抜きを再開。
それでも葬儀は地域の人達と交流できる貴重な場だ。
前回までいっしょに葬儀を手伝った人が次は送られる番になる。
別れは悲しいことだが、いつでもこの地域の人達はカラッとしていて
当たり前のこととして淡々とそれぞれの役割をこなしつつ大笑いすることも
忘れない。まるで悲しみを吹き飛ばすかのように。
レディスファームスクールの卒業生はそのあとも上サホロに残る人が多い。
優しくたくましい魅力的な人達の住むこの地を誇りに思う。

さて、沖縄では民意を無視してついに政府は辺野古米軍基地の
本体工事に着手したというニュース。
新聞の記事には9月に新得でお会いしたばかりの島袋文子さんが
前面で止めようとしている写真がアップされた。
活動家でもなんでもない、地元のオバアが命を投げ出して基地建設を
止めようとしている。
体にも心にも戦争の忌まわしい記憶が刺さり込んだままだと思う。
そんな方の激しい憤り。

政府のやり方はもはや独裁国家だ。
戦争を知らないおぼっちゃまのすることだ。
そんな知性のない政府を持ってしまった日本人のひとりひとりが問われている。
「海はだれのものでもない。」そう辺野古のご自宅で文子さんが
話したことが忘れられない。
わたしたちはなぜに在日米軍の74%以上の基地を負担させている沖縄に
さらなる犠牲を強いらせようとしているのか。
青き海の島、美ら海の島。
どうにも胸の疼くこのごろだ。

民主主義はどうした!と叫びたい。
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