農場日誌

ひろういの農に生き音楽を作る日々 Since 7th June 2007

August 2014

本日ライブです!

今日は嵯峨治彦さん流さんが我が家に来てリハーサルします。
新内ホールでの「3つの風の音楽会」いよいよ本日です。
お天気良し二人も美男美女、不安は私の顔とアコーデオンのみです。(笑)
でもがんばるぞ! 

トウキビ、用意ドン!!

このところ天気が良くトウキビも熟し始めきのう29日第一便を発送しました。
いよいよ始まります!! 

試食後

朝の試食の結果、まだちょっと若いかなということで発送は見送りました。
ベストの状態で食べて頂きたいのでタイミングは微妙なのです。
もう少しお待たせします。 

そして穫って来た!

DSCN6847

さあこれから茹でる、どうだ!品種はピーターコーンとゴールドラッシュ2種類。

とうもろこし発送今日明日にも

今日か明日からとうもろこし発送はじまります。
まずは、もいで来て茹でて試食からです。
行ってきます! 

旺盛な夏の終わりの畑

DSCN6844

6月26日にまいた人参も2ヶ月でここまで育って来た。
努力の賜物です。

DSCN6845

白菜はバラツキがややあるものの順調に育っています。




こんもりしてきた人参

DSCN6842

 いくたびに立派になっている人参畑。
こんもりしてきて、さながら森を上からながめるような。

 まず思い出すのは沖縄やんばるの森。豊かな森。

 静かな日常をオスプレイにヘリパッド建設にかき乱されている友達のことが
いつも心のどこかに引っ掛かっている。
 辺野古の島袋文子さんのこともまた引っ掛かっている。
ニュースや紙面からは決して辿り着けない人の心。

 縁とはかくも強力なものだ。
まとわりつく日常というものでやっぱり私たちはつながっている。
茶箪笥のガラスをする音や窓のむこうで突然変わる雨の音。
そういうものがいっしょだと言いたいのだ。

 

冬を越す準備を!

DSCN6839

今ステイ中なのはオーストラリアはキャンベラから来た18才のダーシー。
高校と大学のすきまに日本にやってきた。
もの静かでとても誠実、お父さんは絶滅危惧種を救う研究をする生物学者だ。

今日は雨、
2日前にようやく有機認証書類提出を終えトウキビ出荷までのすきまにそれ!とばかりに
マキの仕事を手伝ってもらった。
今しかできない。がんばらないと寒い冬を越せない。
黙々と私が切り、黙々とダーシーが積んで行く。

キチンと積まれた物ってなんでも美しいね。
絵みたいだ。
ありがとう、ダーシー。 

パッチアダムスのこと

DSCN6825

ロビン・ウイリアムズの訃報には驚きました。
人の「生きる」という姿勢をいつも伝えて来た役者 だっただけに
自殺ということが意外でなおさら隠されていた苦悩を知り気の毒でなりません。

私の印象に残っている映画の一番は「パッチアダムス」です。
実在のワシントン在住のアメリカ人の医師の半生を描いた心温まるストーリーです。
パッチはクラウニングといってピエロみたいな思わず笑ってしまう格好をして
小児がんの病棟を仲間と訪ねてつらい治療を続ける子ども達を笑わせハッピーに
してしまうというような活動をずっとしてきました。
それだけではなく紛争地にまで出掛けて兵士を笑わせてみたりもしていました。

私より10才上のブルースというオーストラリアの友達がいます。
まだ徴兵制があったころ10代後半からブルースはベトナム戦争に行かされました。
もっとも激戦だった頃でそのことは詳しく語りませんでしたが、
いつもベトナムの話をする時は涙をポロポロ流します。
それはPTSDそのもので、それが原因で皮膚に疾患さえあります。

ある時クラウニングでオーストラリアを訪れていた本物のパッチに会う機会が
あったと言います。
パッチはブルースの疾患のある足を見てすぐに理解し、涙を流しながらほほを足に
あてたのだそうです。
その瞬間ブルースは気持ちが癒され、なんと今度はパッチといっしょにおかしな
格好をして世界のあちこちをまわるようになったということです。
さらにパッチがいなくてもオーストラリアで自分たちだけで病院を訪ねたりしていたそうです。

ブルースはイラク戦争に豪軍が参戦した時もその格好で若者達を戦場に送るなとパレードを
したそうです。
うちでは涙を流しながら自分のもっとも輝くはずだった青春を 返してもらいたいと
政府に言いたいと言っていました。

PTSDというものはこれほどまで深く長く人を苦しめるのかと初めて知りました。
戦争というものの罪の深さです。

保健省の仕事を退職したブルースはそんなクラウニングをしたり、
当時いっしょにベトナムで闘った友達を訪ねてアメリカに行ったり
また、ベトナムに行ったりもしてそのたびに自分が少しずつ癒されて行くのを感じたそうです。

映画のパッチ・アダムスよりももっと本物のほうがすごいよとブルースは言っていましたが、
確かにそんなことを実際やってしまう人がいるとは何と素敵な事でしょうか。

それでもそんな医者がいることを多くの人に伝えたロビン・ウイリアムズもまた深い懐の
演技で立派でした。

その中で同志を自殺で失い失意の中から立ち上がったパッチを演じて
いただけによけい今回の訃報にはショックを受けました。
でもよく考えてみれば
映画のキャラクターと俳優本人をつい同一視しがちですが、
生身の人間ですから当然見えない苦悩があっても不思議ではないですよね。

謹んで深い哀悼の意を捧げたいと思います。

そして最後にパッチの本の裏表紙にあった後書きを
載せたいと思います。

世界各地がきな臭くなっている今だからこそ忘れたくない言葉として。
パッチにとってはユーモアが唯一の強力な武器なのです。

DSCN6823
日本の読者のみなさまへメッセージ

世界中が苦しみの恐慌のなかにいる
今こそ 私たちは
思いやりと寛大さに目を向けよう

つらい日々を送っていても
愉しいパーティの毎日になることを伝えていこう
さあ 私たちみんなで
この世界を好転させていこう

平和に愛をこめて

   パッチ・アダムス 

はたけの見回りをしよう!


DSCN6785

台風は北海道にも被害をもたらしたようです。
幸いうちは蕎麦が倒れたくらいでたいして被害はありませんでした。
畑では人参やかぼちゃもまた一回り大きくなっていました。
生きるものは人も含めてみなグンと目を見張るくらい成長 する時期がありますね。
細胞がみずみずしい感じです、うらやましい(笑)。

トウキビは小学生高学年というところでしょうか?
随分ロンゲですね(笑)
今月末くらいからまたトウキビ産直始めます。

DSCN6800

一番最後にまいた人参もここまで大きくなりました。
線香花火のようなこの葉の形が好きです。
ことしもたくさんの人に美味しかったと言ってもらえるかな?

DSCN6796

かぼちゃは葉っぱの海から水面下に潜るようにしないと見えない。
その別世界に静かにかぼちゃは養分を蓄え中です。

DSCN6805

大好きな詩人の故まどみちおさんが本の中で遠近法の風景を見ていると
なぜか涙が出て来ると書いていました。
電信柱が延々と続いているとか。

わかるような気がするんです。なつかしいというか・・・。

小さい方の蕎麦畑ですが白い花が満開になりつつあります。
でも甘ったるい香りがしてくるのはもう少しあと。
虫を大勢呼びたい時期に呼ぶんですね。かしこい。



 

有り難いこと

ホーをキャベツ畑に入れる、白菜畑に入れる。
アオゲイトウやアカザは切られてひっくり葉ウラを見せる。
その赤が土に鮮やかだ。
もやっとした台風の前のぬるい風が襟元に入る。
人参のしゃがみ仕事は股関節にガタが来ているので苦痛だが
ホー除草はそれに比べればまだ楽なほうだ。 
長い柄の先に三角の刃がついただけのシンプルな農具。
シンプルなだけに技術は奥深い。
オリンピック競技に入れてみたら十勝のおばさんが金メダルをとるに違いない。(笑)

農業は大変だけど幸せを感じてる。
こうして草を倒しながら進むうち雨がふってきたり
風がそよいで蕎麦の花の甘い香りが漂ってきたり
五感のすべてを安心して解き放つことが出来る。
ありがたい。

「有り難い」この「ありがとう」のもとになったことばの意味を考えた。
日本人の本来持っている謙譲の心もこのあたりから来てるような気もする。

こうして食べられていることは有り難い。
こうして自然の恵みを受けられるのは有り難い。
こうしてあなたと会えるのは有り難い。

とかく忘れてしまいがちだけど貴重なものだから大事なのだと言う思想。
無常。一期一会。

そしてその貴重なものは観念の世界でだけではなく
現実的に世界的な環境破壊で希少へと変化しつつある。

東電原発事故はいまだに新たな深刻な事態が小出しに伝えられている。
放射能汚染に国境はない。
ひとつにつながった世界がじわりじわりと食べものを生産する場所をせばめている。

このような環境汚染を知らなかった頃にすでにあった日本語の「有り難い」ということばが、
これからは文字通りなんの洒落っ気もない「有り難い」という意味合いなってしまえば、
なんと殺伐とした風景となるだろう。人類は生き残れない。

そうなる前に、まず日本の文化と伝統を愛する首相にぜひこの言葉をかみしめてもらって
原発の推進方針をストップして後世に貴重な美しい国日本を残してほしいものだ。

じゅごんの訪れる貴重な辺野古の海もまた、ノグチゲラの住むやんばるの森もまた
美しい国にっぽんの一部ではないのか。
今ある基地の数を数えてみてほしい。

足りないものを数えるより今あるものを数えることが幸せの秘訣だそうだ。
それはがまんすることではなく、
きっと有り難さで今あるものが再度輝きだすことなのだ。
手元にあるものを大切にしたい。





胸ポケットの中の長崎平和祈念式典

今日で人参の間引きと土寄せが終了。
みんな、お疲れさまでした!
あとは病虫害がないことを祈るばかりです。

間引きをしながらNHKラジオ から流れる長崎原爆平和記念式典の
中継を聞きました。
11時2分に鐘の音が鳴り響き黙祷しました。
久々の陽のあたる人参畑に立ち青空を感じながら。

スピーチでは被爆者の代表として登壇した城台(じょうだい)美弥子さん(75)の
スピーチが特に素晴らしかった。
この中で集団的自衛権行使や原発再稼働をすすめる政府を強く批判しています。
よほどの強い平和への思いがあるのを感じました。
久しぶりにポケットの中のラジオから聞こえる肉声にまともな人間の心を
感じとることができました。
虚飾も何もなく、安倍政権に危機感をたくさん持った真摯な訴えです。
時代の良心を代表する立派なスピーチでした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

◆被爆者代表「平和への誓い」 

一九四五年六月半ばになると
一日に何度も警戒警報や空襲警報のサイレンが鳴り始め
当時六歳だった私は防空頭巾がそばにないと安心して眠ることが
できなくなっていました。

八月九日朝、ようやく目が覚めたころ魔のサイレンが鳴りました。

 「空襲警報よ!」「今日は山までいかんば!」
緊迫した祖母の声で、立山町の防空壕(ごう)へ行きました。
爆心地から二・四キロ地点、金毘羅山中腹にある現在の長崎中学校校舎の真裏でした。
しかし敵機は来ず、「空襲警報解除!」の声で多くの市民や子どもたちは
「今のうちー」と防空壕を飛び出しました。

そのころ、原爆搭載機B29が、長崎上空へ深く侵入して来たのです。

私も山の防空壕からちょうど家に戻った時でした。
お隣のトミちゃんが「みやちゃーん、あそぼー」と外から呼びました。
その瞬間空がキラッと光りました。
その後、何が起こったのか、自分がどうなったのか、何も覚えていません。
しばらくたって、私は家の床下から助け出されました。
外から私を呼んでいたトミちゃんはそのときけがもしていなかったのに、
お母さんになってから、突然亡くなりました。

 たった一発の爆弾で、人間が人間でなくなり、
たとえその時を生き延びたとしても、
突然に現れる原爆症で多くの被爆者が命を落としていきました。
私自身には何もなかったのですが、被爆三世である幼い孫娘を亡くしました。
わたしが被爆者でなかったら、こんなことにならなかったのではないかと、
悲しみ、苦しみました。
原爆がもたらした目に見えない放射線の恐ろしさは人間の力ではどうすることもできません。
今強く思うことは、この恐ろしい非人道的な核兵器を世界中から一刻も早くなくすことです。

そのためには、核兵器禁止条約の早期実現が必要です。
被爆国である日本は、世界のリーダーとなって、先頭に立つ義務があります。

しかし、現在の日本政府は、その役割を果たしているのでしょうか。
今、進められている集団的自衛権の行使容認は、日本国憲法を踏みにじる暴挙です。
日本が戦争できるようになり、武力で守ろうと言うのですか?
武器製造、武器輸出は戦争への道です。
いったん戦争が始まると戦争は戦争を呼びます。
歴史が証明しているではないですか。
日本の未来を担う若者や子どもたちを脅かさないでください。
被爆者の苦しみを忘れ、なかったことにしないでください。

 福島には、原発事故の放射能汚染でいまだ故郷に戻れず、
仮設住宅暮らしや、よそへ避難を余儀なくされている方々がおられます。
小児甲状腺がんの宣告を受けておびえ苦しんでいる親子もいます。
このような状況の中で、原発再稼働等を行っていいのでしょうか。
使用済み核燃料の処分法もまだ未知数です。
早急に廃炉を含め検討すべきです。

被爆者はサバイバーとして残された時間を命がけで語り継ごうとしています。
小学一年生も保育園生も私たちの言葉をじっと聴いてくれます。
この子どもたちを戦場に送ったり
戦禍に巻き込ませてはならないという思いいっぱいで語っています。

長崎市民の皆さん、いいえ、世界中の皆さん!
再び愚かな行為を繰り返さないために、被爆者の心に寄り添い、被爆の実相を語り継いでください。
日本の真の平和を求めて共に歩みましょう!
私も被爆者の一人として力の続くかぎり被爆体験を伝え残していく決意を
皆様にお伝えし、私の平和への誓いといたします。

 平成二十六年八月九日

 被爆者代表 城台美弥子

沖縄が気になる

http://www.magazine9.jp/article/mikami/14063/

島袋文子さんのことが書かれている記事を見つけました。
知らない人はよそから来た人が騒いでいるだけなどとくくりがちですが、
三上さんが書かれているようにそんな単純なことではないことを知るべきだと思います。

別の話になりますが、三上さん制作の「標的の村」は
主に東村高江地区の米軍ヘリパッド建設によって
脅威にさらされている住民を描いた優れた作品です。
現在十勝でも自治体主催の上映会が各地で開かれています。(素晴らしい!)
この映画も涙なしには見れません。

が、その高江でもゲート前に住民達がテントを建て粘り強くヘリパッドの建設を
監視し止めようとしてきましたが近く強制排除の可能性があることを聞いています。

沖縄で緊迫の度合いを深めている今。
あの友人たちがわたしたち日本人の身代わりとして苦しんでいるのだということを
決して忘れることができません。
日本の米軍基地の70%が沖縄にあるのですから。

長崎に原爆が落とされた日。
今日も首相は広島の時のように去年と同じ原稿を棒読みするのだろうか?
 

映像ニュース 辺野古のたたかい

「辺野古のたたかい」というつい最近編集が終わったニューズリールのDVDを見た。
たまたま沖縄の撮影から帰って来ていた監督から初めて人に渡すのだと言って渡された。
たくさん人にまわしてほしいと言われた。
そのくらいホットな映像がつまっていた。

7月からのキャンプシュワブのゲート前で基地建設のための資材搬入を防ぐ人々と
それを阻止する沖縄防衛局、警察、海上保安庁の姿をとらえている。

安倍政権が集団的自衛権行使の閣議決定した日から特に政府の強硬さが目立つように
なったのは知っていたが映像で見るとよりそれがはっきりわかる。
この国は住民を守らない、悲しい事に。

驚いた事に防衛局は三角形の鋭利なアングルのようなものを並べて溶接した鉄の板を
キャンプシュワブゲート前に置いた。
人々が抗議に立つ場所にである。
転べば骨折だけではすまない、裂傷も起きるだろう。
そんなまるで拷問用具のようなものを平気で置く残酷さに目を疑った。

そんな人々の中に辺野古在住の島袋文子さんを見つけた。

前出

http://noujyounissi.blog.jp/archives/7748334.html

沖縄戦で米軍による火炎放射で半身に大やけどをおった人だ。
うちの坊ちゃんカボチャのお客さんでもある。

その高齢な文子さんが立ちはだかる人に強く語りかける。
「あなたたちは死体の血の泥水を飲んだ事があるか?」と。
もちろん彼らは聞いていないふりをしている。

涙が出た。


3つの風の音楽会 in新得

379-1

嵯峨さん、流さんとは去年5月に帯広のコンサートで友情出演させてもらった。
それがきっかけとなって春に新得町からこの企画をいただいた。
最初打診の段階では「喜んでお受けします」とお答えしたものの
実現するのかは半信半疑 だった。
このお二人はプロの中のプロで超一流なので不思議はないのだが、
そこに私のような半分じゃがいも畑に足を突っ込んだ者まで入れてくれる
とはにわかに信じられなかった。(笑)
本当だとわかった時どれだけ嬉しかったことか。
しかも翌日トムラウシの小中学校の芸術鑑賞会での演奏というおまけまでついて。

そのじゃがいもを含めての音楽会をイメージした主催者のセンスの良さが光ります。(笑)

折しも4月からアコーディオンにはまり始めた矢先、
明確な目標が青虫ノッポの「いのちの祭り」とその先に山のようにそびえる
この嵯峨さんと流さんとのライブに向けてとしぼられ
技術向上への後押しになっているのは言うまでもありません。

流さんの新曲「光」「父さん」感動します。特にこの2曲は毎日弾いて練習しています。
修練は続きます。

3人のコラボをどうぞお楽しみに! 
みんなで歌う時間も作りますよ! 

雨の合間に祈りを込めて

DSCN6782

人参6月初旬に蒔いたものはこの位にまで成長しました。
良いものが穫れればいいのですが収穫時までハラハラドキドキ。
祈りをこめて世話をします。 

8月6日。。。

DSCN6757

今日は広島に原爆が投下された日。
戦争について考える要素はたくさんある昨今、平和を祈るだけではなく
具体的にそれに対して指一本でもいいから動かしてみるかどうかが自分に
問われているような気がします。

じゃ、何が問うているのか。その問うているものは何なのかはわかりませんが、
戦争という愚かな行為で死んでいったり傷ついた人への申し訳なさなのかもしれません。
なぜ愚かだと言えるのか?それは人間は簡単に間違った情報でも正しい情報だと勘違い
してしまう生き物だからです。(私も振り込め詐欺にあいそうになったことがある・・笑)

ウクライナの問題にしてもイラクでもパレスチナでも日本の大手メディアの伝える報道は
西側とほぼ同じで正しく検証されていない可能性があります。
マレーシア機墜落もロシアが悪者になっているようですが果たしてそうかは
わからないままそう決めつけたがっている印象があります。
日本政府のよく使う「国際社会」ということばもまたくせ者だと私はいつも思っています。
イラク参戦を拒否した国、イスラエルのガザ攻撃を強く抗議する国だってたくさんあり
それだって国際社会ではなかろうかと・・・。

そこに集団的自衛権の話がリンクしてきます。
予想もしなかった大戦にまきこまれる可能性も見えて来ています。

大きなウソほど人はだまされやすいと聞いた事があります。
平和の一歩はまずウソを見破るということではないでしょうか。


8月6日広島の犠牲者に黙祷を捧げたいと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

日弁連憲法問題対策副本部長 伊藤 真さんの有楽町駅前での
訴えを要約したものが8月4日の某新聞に掲載されていました。
閣議決定後の安倍首相の記者会見には2つのウソがあるとしています。

1、「これまでの基本的考えは一切変えない。平和国家としての国の歩みは一切変わりません。」
→しかし政府が「日本に危険がある」と認定すれば自衛隊が海外に行き、何でもできてしまいます。
第2次大戦で日本は「国民の利益を守る。石油が大切だから守る」と自衛の名でアジアに進出して
戦争しました。

2、「国民の命を守る。」
→自衛官の命が危険にさらされます。
さらに国際社会で海外に出向いている日本人がテロの標的になるリスクがいっきに高まります。

(以上抜粋終わり)


 

トムヤンクンと巻寿司のさよならパーティ

DSCN6772

白菜のホー除草、ヌーンは今日新たな場所へウーフに向かう。
ゆうべは本格的なトムヤンクンを作ってごちそうしてくれた。
トムはスープ、ヤンは辛い、クンはエビのことだと教えてもらった。
パクチーをトッピングさらに根はきざみスープに煮込んであった。
こぶみかんの葉、赤玉ねぎ、しょうが、レモングラス、ミルク、ナンプラー(魚醤)
南蛮、トムヤンクンの素、そして十勝マッシュ(マッシュルーム)などが材料だ。
まだタイに行った事もないのにタイの文化に触れる事が出来てとても幸せ。
トクヤンクンが辛くていい香りで暑さの疲れも吹き飛んだ。

バンコクの大学では会計を学び日本に来る前にインターンシップ(企業の研修)をして
その時の給料で日本にやって来た。
今月12日はタイの母の日なのでそれまでに帰るのだという。
何をプレゼントするの?と聞くと日本料理を作ってあげようと思っているとの答え。
なので昨夜は巻き寿司 も練習代わりに作ったのだった。

トムヤンクンと巻き寿司がきのうのテーブルにはならびちょっとした
さよならパーティとなった。
「ありがとうヌーン。」
大学が始まるのももうすぐ、残り少ない日本の旅を楽しんでいって下さいね。 

ピスラ舞う畑にて

DSCN6770
左より5月23日播種かぼちゃ、6月7日播種人参、6月21日播種人参。

人参を2週間もたってから2回目を蒔いたのは長雨で畑に入れなかったからです。
いつもは約10日ずつ3回に分けて蒔きます。
これは草取りが集中してしまうのを避けるためです。

きのう21日蒔きの人参の間引きを始めました。
間引きには経験と熟練が必要でどれを残しどれを抜くか、間隔をどのくらい保つかが
のちの収穫量に影響するので誰かに任せることのできない仕事のひとつです。

その間タイから来ているヌーンには畑まわりのホー除草をしてもらいました。
仕事を終える時「コップンクーン、マークマーク!」(ありがとう、とてもとてもの意)
と声をかけるとヌーンは「どういたしまして!」と答える(笑)
こうしてお互いことばを覚えて行きます。

ツァカツァン(せみ)ピスラ(蝶々)アロイ(おいしい)ナーラ(かわいい)
ファンディ!(良い夢を!)サワディカー(女性のこんにちはお早うこんばんは)
サワディクラップ(男性のこんにちはお早うこんばんは)etc

英語を使ってお互いの言語を探っていきます。
同じチョウチョウでも国や地域によっていろんな呼び方があるのを知って行くと
違う衣装の着せ替えごっこをしているみたいで楽しいものです。

パピヨン(フランス)ティェンホワ(台湾)ファルファーラ(イタリア)
マレウレウ(アイヌモシリ)←忘れてました。 などなど

違う言葉、違う民族、違う歴史、違う文化、この違いがあることで
この色合いの変化を楽しむことができるんですね。
それは私たち自身を映す鏡にもなり得ます。

パレスチナで死者が1500人を越えたときのうの朝刊にあり
とても悲しい気持ちになりました。
多くは何の罪もない子ども達や一般住民です。
あろうことかアメリカはイスラエルに武器をさらに提供しています。
それはイスラエルの自衛権だというのです。

相手の素晴らしい所が見えなくなった時に人は残酷になれるのでは
ないでしょうか。その時に人は鏡を失い自分が見えなくなってしまうのです。

ともあれ、微笑みの国タイの人達の笑顔はやはり素晴らしいのです。
世界には平和に暮らしたい人がほとんどなのです。
武力で積極的平和をというスローガンよりはるかにウラのない素直な特質だと
思います。
せまい自分感から離れて多様性に目を向けること、それって大事だなとあらためて
思うこのごろです。そこから必ずスマイルが生まれてくるはずです。
 

静謐な森 生き生きとした木々

DSCN6758

熱中症の危険水域の年齢になったのでこんな日にはと
みんなで真鍋庭園に行って来た。

さすがにプロの作った庭園で
色の配分や植生もよく考えられているなあと感心しきり。
前回はなかった木製の展望台から静かな森を見下ろすと実に
静かで平和な世界だ。
大事に世話をされているせいか、
ひとつひとつの木や花がいきいきと誇り高く生を謳歌している。
人の世界もこうあれたらいいが、そうなるには大事に世話をする
優秀な庭師を育てなければならない。
調和とは何か自然の中からその知恵をくみ出してどうしたらその木の
1本1本がいきいきできるか考えられるようなグランドデザイナーを。

DSCN6754



 
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

最新コメント
月別アーカイブ
  • ライブドアブログ