農場日誌

ひろういの農に生き音楽を作る日々 Since 7th June 2007

December 2013

年末のごあいさつ

この1年間当農場を支えて頂きありがとうございました。
あの太陽のまわりをグルリと1回廻って来たのかと思うと、
気づかずにいるけれど私たちは壮大な旅をしてきたものですね。
いろいろあった1年ももうすぐ終わりまた新たな夢と現実を載せて旅ははじまります。
まっさらな気持ちでその旅に乗り込みたいと気持ちの準備中。
さあ、風呂でも入ろうかな(笑)

皆様、良いお年を!



もちつき



ぺったんぺったん 恒例の友人たちとの餅つきだ。

1年に1度だけ会う子ども達もいてその成長に驚く。
大人はその分老いているのだけれど、こうして世代がなめらかに交代していく。

泣いても笑ってもやってくる新しい年と今日までの古くなった1年とを断ち切るように
潔く杵をふりおろす。
まるで新しい年の分娩を促すように臼が杵が床が激しく揺れる。

台の上につきあがったばかりの餅が置かれると
たくさんの手が囲みちぎられ丸められる。

なんと幸せなつきたての餅の香りと笑い声だろう。
あとには整列した丸い餅たちが差し込む陽光に輝いていた。



師走に

不戦の誓いをするのなら国民に向かってもしてほしいと思う夜

驚くべき立派なと知事は言う



辺野古で拾い集めた貝殻たち
ゆうべのニュースが聞こえただろうか
月もいたたまれなくなり雲に顔を隠した
青い海のじゅごんたち
ゆうべのニュースが聞こえただろうか
風もやんで林の中に姿を隠した
戦争というたんこぶが目の前にぶらさがっている

メリークリス・・・



マース!


クリスマスイブに



きのう天皇が傘寿を迎えられたとのことで特集されたNHKの番組を見た。

両陛下の慈愛に満ちたまなざしは災害などで苦しむ国民への大きな慰めになっているのを感じた。
孤独だと思われるその立場にあって自らの役割を深く理解し行動されるお姿に
ひとりの人間としても尊敬できとても近しさを感じさせてくれた。

その後の民放ニュースですっぽり省かれていた天皇陛下の記者会見のある部分が
北海道新聞に要約としてあったのでそれを転載してみたい。

「最も印象に残っているのは先の戦争です。
学齢に達した時には中国との戦争が始まっており、
終戦を迎えたのは小学校最後の年でした。
前途にさまざまな夢を持って生きていた多くの人々が
若くして命を失ったことを思うと痛ましい限りです。


戦後、日本は平和と民主主義を守るべき大切なものとして
日本国憲法をつくり、
さまざまな改革を行って、
今日の日本を築きました。〜以下略」

陛下は戦争を知っている。
そして戦争を知らない首相は平和主義を積極的平和主義と言い変える。
積極的に平和に働きかけるならともかく軍備増強が積極的の意味なら
本末転倒だ。防衛のため敵基地攻撃の議論さえ出るなんて恐ろしすぎる。
武器輸出三原則もズルズルと崩され平和憲法も最終的に変えようとしている。
勝手な想像であるがこの国の行く末に危惧を感じてのこの陛下の発言だったのではないだろうか?

政府は今でも事故の止め方がわからないのに原発を今後も稼働させていくつもりだという。
どれもこれも信じられないことばかり。
国民の過半数はこれらのことに危機感を抱いているのに、
どうも権力を持っている人達はそうでもない様子だ。
これこそ民意と政治の「ねじれ現象」というべきではないだろうか。

今日はクリスマスイブ。
ろうそくに火をともし平和を祈りたい。
私には日本国憲法と天皇が平和を愛する理念でひとつにつながって
いるように見える。
その理念は次の世代にそのまま渡したいと思うのだ。


教会のクリスマス祝会



今日は日本メノナイト帯広キリスト教会の礼拝と祝会に参加した。

子育てが大変だった頃に連れがこの教会で受洗して以来、
クリスチャンでもない私も毎年いっしょに参加させてもらっている。

日本中でクリスマス商戦とムードに盛り上がるこの時期、
その原点ともいえる教会で賛美歌を歌い説教を聴きいっしょに祈る。

静かな心になって平和を祈り、弱い人苦しむ人に想いを寄せるこの日はまた、
自分の長い1年の終着点であり出発点でもあるようなそんな気がしている。

祝会で手作りのおいしい料理をみんなで戴いた後ミニライブをさせてもらう。以下セットリスト。

1ブラックバード 
2ぬかるみ〜星とたんぽぽ(金子みすずの詞に曲をつけたもののメドレー) 
3ロード オブ ザ スターフィールズ(ブルースコバーンの曲を訳したもの)
4冬晴れのうた

そして最後にメリーさんのピアノと私のギター伴奏で全員で「きよしこの夜」を歌った。
この歌はもともとギターで歌われていたとのことでメリーさんが途中ピアノを止め、
ギターだけでの伴奏となり大変光栄な思いでリードさせてもらった。



私の前には新得のパセリ座の人形劇が演じられた。
演目はマリオネットによる「良寛さん」。
同じ頃入植し農業をはじめた古い友人の能登夫婦は冬は人形劇をして過ごす。
「名もなく貧しく美しく」をモットーとしていると本人が言うように生き方はそのままだ。
本当に尊敬に値するアーティストだと思う。

写真はすべてが終わり片付けしているところに
女の子が興味を持って寄って来たので
良寛さんが揚げる凧のしくみを丁寧に教えている秀雄ちゃん。
その姿はまさに演じたばかりの良寛さんそのものだった。

Gとポンタの物語

今宵はささやかなG(義父95才)の全快祝いで焼き肉屋へ。

Gは肺炎を起こして10日ほど入院していたのだった。
行くたびに病院のベッドで血の気の失せた白っぽい顔で眠っていたので
あれ?死んだのだろうかと不安がよぎるのだが、
指でつっつくといつも起きてくれ安堵する、そんな10日間だった。
その後、体温・白血球・血圧も平常となり晴れてきのう退院となった。
感謝である。

Gは肉食系老人で肉が好きなので、
退院したらあの焼き肉屋へ連れて行くと
入院した時に希望を持たせるために約束したのだが、
たぶんそれを励みに肺炎を克服したのだと思われる。

それともう一つ、必ず治って帰ってこなければならない理由があった。
我が家で唯一Gにだけしか気を許さないポンタというヒマラヤン系の
毛のフサフサの猫を私たちがGの部屋から外に出した。
いつもポンタはGに囲われているようなものなので今のうちにと軽い気持ちで放ったのだった。
ところがいつまでたっても帰ってこない。
外はマイナスどころか猛吹雪でも帰ってこない。
あとで小屋と地面のすき間に穴居生活をしていたのを足跡をたどって発見したが
私が呼んでももちろん来ない。
Gが帰らない限り穴居生活を断固続けるつもりなのだ。
病院のGの最大の心配事はこのポンタが帰らないということだったのだから
治らなければならない理由は焼き肉と、このポンタのことだったのだ。
その強い動機の前には病気も退散するのか、きのう退院となったのである。

さて、退院してから愛し合ってる二人(Gとポンタ)を対面させようと
抱きかかえるようにGをその穴蔵の前に連れて行き懐中電灯で照らして確認してもらった。
それでも愛慕の声で呼ぶGにニャアと一度鳴いたきり出てこない。
しかたなく部屋に帰ってからもGは窓をあけて何度も名を呼び口笛で呼ぶのだが
さっぱり来ない。
困ったものだが腹の底から声を出し口笛を吹く、これはリハビリに良いだろうと内心ニヤリとする。
空しく声は木々に反射するだけなのだけれど・・・。

今日は別のかかりつけの医院へ行ったのだが、
その道すがら、せわしいからどうかなと思ったものの、
「今日、全快祝いで焼き肉屋に行く?」と尋ねると
「行くっ」と即答。
その間髪のおかなさに「あっぱれ、すごい!」と思ったのだが、
「お金は俺が払うから今日は食べ放題だ」とさらにやる気満々なのだった。

そして焼き肉屋。
忘年会シーズンでもあり次々に客が入って来る。
カルビにロースにタンシオ、その前に飲み物ということで
Gと連れはジョッキ生ビール、私はジンジャーエールで
「全快おめでとう!」と乾杯。
この時チラとジョッキなんかGには多過ぎないかなとかすめたのだが、
まあ今日ぐらいいいだろうと甘く考えたのがいけなかった。

ふと見るとGのジョッキは4分の3も空いていて、
カルビの乗ったライスを持ったまま薄目を開けて宙を見ているではないか!
尋常ではない様子にすぐさま駆け寄り問いかけるが意識はもうろう。
書き入れ時のお店の人にお願いして救急車を呼んでもらった。
ここで死んでもらっては困る!
私が店の人だったらなおさら強く願うだろう。
祈るような気持ちだった。

搬送されたのはきのうまで入院していたクリニック。
「ああ、先生お休みの所ごめんなさい、」
CTスキャンをとってくれて、「異常ありません。ただ酔っぱらっているだけですね。」
そしてすっかり顔見知りになった看護士のおかしみを少し噛みころしたような笑顔に見送られて
我が家に無事帰り着いたのだった。

ふとんに寝かすと、「ここはどこだ?」と尋ねるので
「自分の部屋だよ。」それを何度か繰り返す。
このままボケてしまわないか不安がよぎる。
そして「猫、どこにいるんだろうか?可哀想になあ。。」
ああ、大丈夫そう。

そしてやがて、何事もなかったようにGは眠りについたのだった。
さあ、ポンタは明日は帰ってくるかな?
良い夢を・・・。

アルコールにはご用心、断酒259日目
もっともらしい原発再稼働論にはご用心、断原発0日目


乾ソバ今日入庫します

乾ソバご注文のお客様各位

大変お待たせしています。
今日午後出来上がってきます。
自宅でラベルを貼ってからですので
明日18日(木)発送となります。
今週中にはお届けできそうです。

乾そば発送について

乾そばのご注文いただいている方へ 農場よりお知らせ

大変お待たせしています。
17日か18日に乾そばが出来上がって来るということですので、
入り次第発送させていただきます。

なお、そば粉だけのご注文の方には今日発送しました。
乾麺といっしょのご注文の方には乾麺といっしょの発送になります。
どうぞよろしくお願いします。

ラジオは笑いにあふれているが

農作業をしながら聞くラジオは笑いばかり。
ケーシー高峰は笑わせてくれたし、
ぼやき川柳もまた庶民のおかしみにクスリとする。

きのうも大変大事な案件が国会で審議されている時に
やたら大声で笑う番組が延々と続いた。
国民の関心がうすいのでNHKは中継しなかったということらしい。
ここにキャベツの皮をむきながら国会の成り行きに最近にないほど
関心を寄せている国民がいたのに(笑)

楽しい話題のほうが誰だって好きだし
笑うことで救われることだってたくさんある。
そこは否定などしない。

でも、腹が痛くなるくらい笑ったあとで
これから起こるこの国のことがとても心配になってしまう。
笑いのあとを追うように寒い風が吹いて来るような。

テロとデモを同一視するような政治家が中枢にいるし、
あろうことか原発は重要なベース電源と経産省は位置づけ
再稼働はおろか新増設にまで含みを持たせている。
積極的平和主義ということばも恐ろしい。

国民の関心は本当に薄いのだろうか。
あるいはそういうことにしてしまいたいのではないだろうか・・・。
原発政策ひとつとってもまったく国民に対する敬意を失っているとしか思えない。

大口の出荷を終えると待ってましたとばかりに悪寒がして
風邪をひいてしまった。さあ、エネルギーをためて再出発!!



あれはあれしたけど不断の努力で

【日本国憲法第12条】

現行憲法:この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力よつて、これを保持しなければならない。
又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。



自民党案: この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。
国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。





今日で出荷の山場が終わります。
家族は次々に風邪をひいて寝込む中、気を張っているせいか私だけは元気です。
幸いしばれや大雪にもあわずにすみそうです。
大根と人参は埋めてあるものを取り出し、キャベツや白菜は通気と断熱に気をつけたカバーから取り出し
きれいにパッキングします。

もう一度憲法12条を掲げてみました。
この二つを並べて読むことが今日とても大切な気がしたからです。
とりわけ私には現行のほうの「公共の福祉」という文言が「みんなの幸せ」という意味にきこえます。
そんなふうに生きたいとあらためて身を正してくれることばです。
改憲案ではそこの部分が見事にすげかえられていて窮屈さしか感じられません。
全体的に凛とした風格を感じさせる現行のほうが日本語の良い特質が現れていて美しく、
あらためて規範にしたいと思いました。


ラジオ聞きながら

1988年前後に反原発運動が盛り上がっていたころ、
政府と北電は「五重の壁」で放射性物質を封じ込めるからチェルノブイリ
のような事故は起こらないと言いきり反対世論を押し切り泊原発を稼働させた。
でもやはりそれはウソだった。
東電原発事故はいまだにアイエヌジー、タンクは間に合わず海に汚染水が漏れ続けている。
これが彼らの保証した未来だ。

キャベツの皮をむきながらラジオから秘密保護法案をめぐる首相の答弁で
「三重のチェックがされるから」というのが聞こえて来た。
これも同じようなもので何の担保もないままではないか。

夕方になり大根を袋に入れながら聞いたNHKラジオで孫崎享氏が
今の世界ではこれだけの軍備があると国どうしが明らかにすることで戦争を
防ぐ流れの中でなぜ日本はそれに逆行しようとするのかと話していた。

それではどうしてこの法案の成立をこうも急ぐのか。
多くの知的レベルの高い人達や映画人や芸術家たちもとても疑問に
思っているので力強い。
どうやら知力と権力の闘いの様相を呈して来た。
民主主義はこれから作っていくものではないだろうか。
さいわいまだ日本国憲法はその担保としてある。
戦争をできる国になるよりも、戦争を回避させられる国に
なってほしい。

さあ、今日もラジオは手放せない農作業になりそうだ。
日本の幸運を祈る!




電牧しまい

とある畑のぐるりを囲んでいた電気柵(バッテリー駆動)をはずした。
それはその畑での今年最後の農作業でかつ動物達への解放の日だ。
カボチャや人参の打ち捨てられたもの、雪にこんもりと盛り上がる大根だってある。

ところが柵の中の雪の上、すでにいろんな動物の足跡が入り込んでいる。

鹿に狐にこれはタヌキかな?かわいい小鳥やカラスのような大きな足跡もある。
その道筋を目で追い透明な中にその動きを想像してみると、
何やら普段全く知ることのなかった世界が浮かび上がって来る。

そんな想像の世界を遊びながらも、
まったく別の所で
もう一つの柵がこの国に張り巡らされようとしているのを忘れることができない。

歴史は繰り返されるというのだろうか。
だとしたら何と愚かな動物なのだろうか。
動物は必死で子どもを守り育てようとする。
人もそれが基本であっていいと思う。
そして賢くなりたい。
歴史を繰り返すのではなく。

柵のポールを抜きながら。


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