農場日誌

ひろういの農に生き音楽を作る日々 Since 7th June 2007

December 2012

ウェルカムボード



来春結婚式をあげる息子夫婦のために母が製作中のウェルカムボードです。
下の花もニードルフェルトの手作りです。色合いがとても素敵です。

きょうの食卓



今日は猛吹雪、すごい風が雪を窓にはりつけていきます。

昨日の北海道新聞の朝刊「朝の食卓」というコラムにあった友人の文章に深く感銘を受けました。
私たちがめざすべきなのは本当にこういうことなのではと、あらためて胸に刻ませてもらいました。
と同時に人として強く優しく生きるとはどういうことか?と、
これは問いとしてではなく生きる姿勢として見せられた者としての感動が私にはあります。
いのちとして連なるすべての皆さんと分かち合いたくここに転記させていただきます。





    「きょうの食卓」 湯浅優子

農のある暮らしで知った「食」の力。
この2年、食を通じて「しあわせに生きる」ことをテーマにつづってきた。

昨年の震災と原発事故では、
日本中が悲しみ、心を寄せ合い、痛みを分かち合った。
それは1年9ヶ月たった今も続いている。
私の86歳の母は、戦時中の苦しさと重ね合わせていたようだ。

戦後67年、近代化へと走り続け、
未来へのビジョンを見直すことをせずに
限度を超えてしまった今、
得たものと、それと引き換えに失ったものの大きさを日本中が知った。
豊かさの価値観、幸せのものさしが、
震災を教訓に変わっていくことになると、
誰もが思ったはずだ。

しかし、「経済成長」という危うい言葉が国を支配し、
「いのち」や「食」はないがしろにされていく。

青森県・岩木山の麓で安らぎの場「森のイスキア」を
主宰する佐藤初女(はつめ)さんは「食は心の問題です」と語る。
温かいご飯を食べるとき、深い悲しみの中でも心が動きだす。
その言葉が、はらにストンと落ちた。

人々が土(大地)に戻り、
命を紡ぐ食べものを自らが耕すこと。
それができないときは、分担し合い、耕す人たちとつながること。
きょう何を食べるかを考え、何を選ぶかー。
多くの苦難を抱えた世界で私たちにできることは、
そんな「食卓からの革命」かもしれない。
   2012年12月25日北海道新聞「朝の食卓」より

聖なる夜に

地域で不幸がありクリスマスのこの2日はお寺での通夜と葬儀の手伝いをしていた。

前の道をたまたま救急車が通るとその亡くなられたおばさんは、
「いつも宇井さんとこのじいさんかと思う。」と言い、うちでは当人が
「あそこのおばさんかと思う。」と言う。
でもついにおばさんの方が先に旅立たってしまった。
享年93歳。

淡いおつきあいではあるけれどこの地域の人は皆優しくて会うたびにほっとさせられる。
そんなうちの1人がまたいなくなったことは、やはりぽっかり穴のあいたような淋しさ。

でも誰もが永遠に生きられるわけではない。
ふとある時この世に現れ、ふっとある日また去ってしまうもの。
そして死んだ先の世界とて、あるやらないやら生きている人間には知る由もない。
わからないからこそ朗らかに生きていければそれでいいのかもしれない。
そんなことをおばさんの笑顔が教えてくれたクリスマスの日のお葬式。

みんたるでのライブ



12月6日みんたる(札幌)ライブ。外は絵本の中のような大きめの雪が舞う世界。
贅沢なことに、アフリカンドラムのプロ山北くんが入って手伝ってくれた。
こちらの曲のニュアンスを即座に感じとって叩いてくれる。さすが!! 
涙あり踊りありの楽しいライブとなりました。
忙しい時期でしかも大雪の中かけつけてくれた皆さんに感謝いたします!!

映画を観に帯広へ

フランスのドキュメント映画「モンサントの不自然な食べもの」上映会が帯広であり
野菜の配達がてら行って来ました。
とてもいい映画です。事実を追った先にある大企業と政府の癒着ぶりに驚くという
その感覚は私たちの多くが共感できるものです。
1部と2部の合間に自然農の薮田さんのわかりやすい農業の話し、
そして私も30分ほどのコンサートをさせてもらいました。
主催は子育て中のお母さんを始めとした私たちよりだいぶ若い世代の人たちで
そのことがとても頼もしく思えました。


過酷な一日だった

今日も11時まで小屋の中で作業。
日中は大根トレンチから掘り出し袋詰め全出荷、
今年は中心にわずかな茶色のすじがあるもの多数廃棄。
原因は9月の高温だと思われる。
きゃべつ箱詰め時間がかかる。
白菜は今日で終了。
じゃがいも大口出荷、でもまだかなりある。
凍らせないよう細心の注意を。
いつもよりこの時期としては寒い、しかも風がある。
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