農場日誌

ひろういの農に生き音楽を作る日々 Since 7th June 2007

April 2010

雪よさらば もう春だ



今日はハウスの中で種芋の選別作業。

信じられないほど遅い今年の雪解け
ハウスの前には山になった雪がいまだ車の進入を阻んでいます。

それでも庭の花壇には春の証として小さな花がちゃんと咲いていました。
この青い花はチオノドクサというんだそうです。
変わった名前だと思い調べると
チオノド草ではなく、チオノ(雪)+ドクサ(栄光)で、”雪の誉れ”という意味だそうです。
・・・まばゆい冬がフラッシュバックしそうな響き!

いや、もう気持ちは春です。このままでいさせてくれーー(明日は雪マーク)
暖かい一日でした。

断酒53日目

融けて降って降って とけてふってふって



大風で木々の幹の西側だけにはりついた雪がまるで絵のようだった昨日の夕方

相変わらず沿道の鹿に見送られながらトムラウシの仕事に通っています。
春は一進一退でまだ畑の作業に入れていません。
ちょうどパズルが組み合わさるように与えられた建築の仕事、あと少しがんばってみようと思います。

断酒41日目

希望がつたわったよ


僕らのことをバパ・ママと呼んでくれる看護士をめざしている若い友達がいます。
とてもピュアーで可愛い娘なんですよ♪
そんな彼女がこの程以下のようなメールをくれました。
これを読んでぜひ皆さんにもお伝えしたいと思いました。
本人の了解を得ましたのでここに転載します。





宇井バパ・ママへ
お久しぶりです〓お元気ですか?
長文なので、時間がある時に読んでくれたらうれしいです〓

ちょっと前なんですが、12月の病院実習で、
治療法がない難病といわれる患者さんを受け持たせてもらいました。

この病気は、進行性に筋肉が動かなくなって、
動くことも、食べることも、しゃべることもできなくなる。
でも意識とか感情はそのままで、痛みや気持ちいいって感覚もある。
生きるためには人工呼吸器を装着し、鼻から栄養を送らないといけない。

私が受け持たせてもらった患者さんは、
人工呼吸器装着・鼻からの栄養・動くことも話すことも全然できず、
コミュニケーションは瞬きによるものだけの方でした。

例えば「何かありますか?」って聞いてYesだったら1回瞬きしてくれる。
そして、私が「あかさたなはまやらわ」って言っていき、
「あかさ」まで言った時に瞬きしたら、サ行ってことなので、
今度は「さしすせそ」って言っていき、メモしながら文字をつなげていく。
そうやって気持ちを伝えてもらいます。

この方に出会う前は、私だったらなんて簡単に言えないけれど、
きっと絶望的になって、やりきれん思いと悲しみと怒りでいっぱいだろうって、考えていました。

でも、笑顔をみせてくれたんです。

なんて人間って強いのだろう。
どんなにつらい状況でもそれを受け入れて、
笑顔を見せてくれるこの患者さんを見て、そう思いました。

次の日マッサージをして、「何かありますか?」と聞いたら
「マッサージしてくれてありがとう」って言ってくれました。

言ってくれたといっても、しゃべれないので、ゆっくりゆっくり「あかさたな…」
で聞きながら気持ちを伝えてくれました。
なのでその言葉のおもみが何倍にも何倍にもなる。

こっちが学ばせてもらうことばかりで、
何か、何か私にも患者さんに喜んでもらえるような、
力になれるようなことをしたいと思っていたので、そう伝えてもらえただけですごくうれしかったです。

そして、「いい子に受け持ってもらえてうれしい」って涙目で言ってくれて、
私はこの患者さんに対する思いを抑えきれなくなって、
「昨日お会いして、話して、関わって、感じたことを話していいですか?」と聞いて、
出会う前に思っとったこと、
なんて人間って強いんじゃろうって思ったこと、全部伝えたら、笑顔で、涙を流して聞いてくれました。

そして私は
「それでもきっと、不安な気持ちや辛いこと、あると思うので、
私なんかまだ会って2日しか経ってなくて”何が分かるんだ”と思うかもしれませんが、
私でよければただ涙を流すだけでもいいし、何でも思いを表出してくれたらうれしいです。
何ができるか分かりませんが、気持ちに寄り添いたいです。」
と続けました。

そしたら、

「あか」 「かきくけ【こ】」
「あかさたなはまやらわ」 「わを【ん】」
「あかさたな」 「【な】」
「あか」 「【か】」
「あかさたなはまやら」 「【ら】」
「あかさた」 「【だ】」
「あかさた」 「たちつ【で】」
「あかさたなはま」 「まみむめ【も】」
「あかさ」 「さ【し】」
「あ」 「【あ】」
「あかさたなはまやらわ」 「【わ】」
「あかさ」 「さしす【せ】」

「こんなからだでも しあわせ」 って、涙を流しながら笑顔で言ったんです。

「こんなからだでも しあ」まできて、もぉ胸がいっぱいになって声が震えてしまいました。

患者さんが続けた。

「もっともっとしあわせになるためにいきている」って。

言葉にならない気持ちになりました。 そして
「わたしのゆめはミシュランの三ツ星レストランでしょくじ」と言いました。
こんな病気になっても夢をもっている、目がキラキラしてみえました。

でもどうしようもない気持ちになりました。
だって、この患者さんは口から食べることができないのに。

でも患者さんは続けたんです。

「わたしのゆめは まんざらゆめではないのよ ばんのうさいぼうが はっけんされてから 
しんけいができるようになったから けんきゅうがすすめば なおるかのうせいがでてくるから」と。

本当にその通りだ!と思ったと同時にハッとしました。

私は今まで学校で、ただ単純に教科書の上だけの学びで、
この病気は治らない難病なんだって勝手にそれだけを頭において、この患者さんを見ていた。

患者さんが希望をもっているのに私が希望を持ってなくてどうするん!!
科学的に証明できなくても、
確かに今まで、治らんと言われていた病気が治ったり、奇跡が起きたりしているし、
昔は治せなかった病気も今は治せるようになっているのがいっぱいある。

絶対なんてない!希望は誰にでもあるんだ!患者さんだけじゃなくても誰にでもどんな時でも。希望を忘れちゃいけん!

と、そのことを患者さんから教わりました。
この患者さんを見ていて思いました。希望があるから、夢があるから、こんなにも強く生きれるのだろうと。

もうひとつの夢を教えてくれました。
青空の下で、主人と子ども達と孫と手をつないで歩くこと。

私はこの患者さんと出会って、たくさんのことをもらって、
生きるとは、幸せとは…
色々考えさせてもらい、気づかせてもらい、
そして、希望をもらいました!
なので、
これを読んで、宇井バパ・ママへ希望や夢が届け~☆^-^☆

出会いってすごいなと思います。

私はこの患者さんに出会えただけでも看護学校に入ってよかったって思うくらいです。
色んなことを学ばせてもらって、休みは色んな場所で、肌で感じて考えることができて
感謝しています。
卒業まであと1年、この気持ちを胸に突っ走ります^-^
読んでくれてありがとうございました☆〓

白鳥も日曜日



日高山脈が良く見える牧草地に白鳥が遊んでいました。
ただの雪解けの水たまりなのに湖にいるみたいにしっかり泳いでいます。

断酒36日目

ディーバがくれた最後のお酒



今年3月3日から断酒を始めました。
自分が深刻なアルコール依存症になりつつあることに気が付いたからです。

その後本州に行き実家の親のところで1週間掃除や雑用をしてから
茨城と神奈川の友人家族に会いに行きました。
その時だけは飲みました。
飲み方のセンスがとてもいい友達だったのでその時は楽しく飲んで歌いました。
そして最後の晩富山ライブから帰ったばかりのUA(ウーア)さんが友人宅に立ち寄ってくれて
なんと富山のにごり酒をお土産として僕に渡してくれたんです。
そして僕は北海道に持って帰りカミさんと「UAありがとう!」と乾杯しました。
それが僕にとって記念すべき最後のお酒となりました。
贅沢な飲み納めでしょ?
握手してもらったあとに「わたし、この手洗わないんだー」って感覚と似てるかも(笑)

それ以来断酒は続いています。
3月3日より通算34日目です。
30数年もの間ほとんど毎日なんらかのアルコールを飲んできた自分にとって劇的な人生の変化です。
今はアルコールというものから開放されてとても楽な気分です。

ただひとつ・・・
便秘には苦しんでいます。

それではアルコールネタ初回はこのへんで

建築は楽し



トムラウシの牛舎建築のバイトに行って今日で3日目。
谷を車で40分走らせた所にその肉牛牧場はあり昔から何度も大工仕事で働かせてもらった。
十勝川源流部なので途中には氷が浮かびのんびり白鳥が羽を休めていたりする。
朝夕通勤時には必ず鹿と遭遇するので慎重に運転しないと危険である。



仕事は保育牛舎の建設、今は内部に壁を設置していく作業をしている。
いっしょに働くのは社長、そしてめちゃ元気いっぱいのオジさんNさん。
仕事は真剣(高いところの作業だったり機械を使うので)でもそれ以外は笑いが絶えない。

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